私の趣味 − クラシックカメラ蒐集について

20058
                             茨専 1期機械工学科2組卒 清野洋一
  最初に自己紹介させていただきます。

私は旧()199912月に60歳で定年退職後、現地採用で日立ヨーロッパ社イタリア
 支社に勤務し昨年暮れ、
200412月に帰国しました。 

  20005月には赴任することで、契約はできていましたが、イタリアでの就労ビザがなか
 なか取得できず、赴任は
200010月初めになりましたので、合計43ヶ月間ミラノに住
 んでいたことになります。

しかし今年に入ってからも、現地から応援の要請が有り、3週間程度の期間の出張ベースで3回出向いており、イタリア、ドイツ、ポーランド及びトルコを訪問しました。

  日立ヨーロッパ社イタリア支社に勤務するに至った経緯について、ご興味がお有りの方は、私が旧()に転勤する前、約26年間勤務した旧(素形)OB会より、イタリアについて、特にイタリアで勤務するに至った経緯について書いて会報に投稿して欲しいと依頼された記事のコピーグラッツエ、プレーゴの国に住んでを添付いたしますので、そちらをご参照いただきたきくお願いします。

  

  私がカメラに興味を持った最初の時期は、まだ小学生の低学年の時です。実は友達の家に遊びに行った折、数冊の雑誌を見せて貰いました。小学校に入学したのが、終戦の翌年でしたので、当時は新しい雑誌など購入できる環境にはなく、その雑誌も友達の兄が戦前に購入していたものです。それらの雑誌に広告として載っていた蛇腹式スプリングカメラが強烈に印象に残っています。これがカメラ好きになる原点かも知れません。

しかし実際にカメラを購入できたのは、中学に入ってからです。スタートカメラと言うベークライト製ボデーに多分、パンホーカスのレンズが付いていたと記憶しています。これで友達や兄弟を撮り、現像、焼付け、更におもちゃのような引き伸ばし機で引き伸ばしまで、押入れの中で、自分で行っていたことが思い出されます。

 

本題に入らせていただきます。

説明不足ですが、上記のような背景から、機械としてのカメラそのものに興味を持っており、いずれカメラを蒐集したいと言う考えをずっと維持していました。60歳で定年退職するまで、10数台のカメラを購入していますが、それらはいずれもその時々の最新型であり、そのほとんどは現時点でもクラシックカメラでは有りません。現役時代は仕事及び子育てなどで、クラシックカメラ蒐集に振り向ける金も、時間も無かったのが実情です。

クラシックカメラ蒐集は、よくウイルス感染による病気に譬えられますが、イタリア滞在中の後半2年は、完全にこの病を罹っていたと言えます。とにかく買い集めること自体が趣味になっていました。

 

クラシックカメラとは 

  そもそもクラシックカメラとは世間ではどう定義されているのでしょうか。ある人は、金属製機械式カメラと定義しています。またある人は、生産から35年経過すれば、それらは全てクラシックカメラと呼べると言う人もいます。

最も一般的な定義は、「全日本クラシックカメラクラブ」の定める一条の条件と思われます。それは「1960年に以前に製造販売されたカメラすべて」と言うことです。この定義では一見、製造後の経過時間が一義的のように見られますが、そうではなく機械としての機構の範囲を、かなり正確に規定しているのです。

1960年に以前にはなくて、1960年以降に現れた機構として、下記が有ります。

1)     電池で作動し、電子回路を持つ露出計

2)      電子回路で作動する自動露出装置

3)      オートホーカスと称する自動焦点装置

4)      電池モータで作動する自動巻上げ、自動巻き戻し

すなわち、クラシックカメラとは。原則として自動ではなく、全て手動で操作するカメラと定義されると思います。

この意味では、ロシアや中国では、1960年以降もクラシックカメラを製造していたことになります。

 

クラシックカメラの調達先

クラシックカメラの蒐集を始めたのは、ミラノ勤務開始以降です。本格的に集めて見たいと思った最も大きな動機は、クラシックカメラの価格が、イタリアでは日本の半値以下であったからです。ただしユーロ移行後は、かなりの便乗値上げが見られることは他の商品と一緒です。

ミラノでは月一度最終日曜に、ナビリオ運河沿いで大骨董市が開催されます。運河の両側に、一切の交通を遮断して、500店程の露天が立ち、家具、絵画、古本、民具、装飾品、古時計など売買されています。この中に23軒は必ずクラシックカメラを扱っており、他の店でも、時折、クラシックカメラを売っています。この市で購入したのが始まりです。

  また土曜日は市内のあちこちで、メルカートと呼ばれる露天市が有ります。扱う商品は主に食料品、衣料品ですが、時折、蚤の市的な不特定の露天にクラシックカメラが出ていることもあり、これも購入先の一つでした。

  更にミラノ市内には数多くのカメラ店が有りますが、中古専門のカメラ店も56軒ありました。もちろん、新品、中古両方扱っている店もあります。ミラノで最も有名な中古カメラ店の経営者は日本人です。本人はオペラ歌手になるため留学し、イタリアに滞在するようになったようです。いきさつはよく分かりませんがオペラ歌手はあきらめ、カメラ店を経営しています。このことはカメラ雑誌の紹介記事で知りました。

私は毎朝ジョッギングを日課にしており、ウイークデイは、アパートの近くを5kmほど走っていましたが、土、日曜は10km以上走るのが常でした。土曜のコースはショウウインドに中古カメラを飾っている数店を回る様に取り、意中のカメラが見つかった場合は、その日のうちに買いに行くと言う方法を取りました。

もちろん、このような中古カメラ店はウェブサイトを持っており、価格を含む在庫リストを公開しているところがほとんどですが、現物を見ると言う楽しみもあるため、インターネットはほとんど利用しませんでした。

またミラノの見本市会場では、隔年でフォートショウが開催されます。最新の映像技術に関する見本市ですが、会場の一角で、中古カメラ市が同時開催されていました。ノベグロという場所に展示場が有り、ここでは毎年中古カメラ市が有りました。これらの中古カメラ市では、イタリア国内は勿論、フランスやドイツなどからも参加が有り、お金さえあれば、より取り見取りで、あらゆるクラシックカメラの購入が可能でした。

もちろん懐具合から、そんなことは実際にはできないわけですが、現金取引であることからクレジットカードで、先ず現金を引き出す必要が有ります。そこは良くしたものでセキュリティ上の観点から、一日に引き出せる額、及び当月引き出せる額に限度を設定してあったため、暴走せずに済んだというのが実情です。

  以上の状況写真として「クラシックカメラ調達先」を添付します。

 

蒐集したカメラ 

  蒐集したカメラの保管状況を「蒐集カメラの保管」、詳しいリストを「蒐集カメラリスト」として添付します。

合計で137台ですが、120台以上は43ヶ月のイタリア滞在中に購入したものです。最初の2年は月1台程度の購入でしたので、残りの2年では、がむしゃらに購入したと言うことになると思います。

このうち上述のクラシックカメラのカテゴリーに入るカメラは正確には数えていませんが、100台程度と思います。

所有している全てのカメラを種類別に数えると下記の通りです。

コンパクトカメラ:14

蛇腹折りたたみ式カメラ(フォールデングカメラ)34

距離計付蛇腹折りたたみ式カメラ:12

距離計付カメラ(レンジファインダー)21

一眼レフ:38

二眼レフ:11

ステレオカメラ:2

デジタルカメラ:5

蒐集するジャンルには特に、こだわらず、掘り出し物と判断したらどんなカメラでも購入しました。もちろん懐ぐあい及びなるべく数を集めたいとの希望もあり、おのずと価格には自動的に制限が掛かりました。

クラシックカメラと言えばなんといってもライカに圧倒的な人気があります。従って中古ライカといえども高値安定となっています。ライカM3一台の購入価格で、例えばロシア製カメラであれば、ライカをコピーした同じようなレンジファインダー機が5台は購入できます。と言っても戦前の日本では、ライカ一台と新築の一軒家が同じ価格の時もあったと聞きますので、相対的には大幅に安くなり、我々庶民にも手の届く程度になっているのですから有難い時代と言えましょう。

従って私でも、数台の購入を我慢すれば、ライカは購入できました。しかしライカは3台しか持っていません。

  デジタルカメラがメガピクセル以上の画素数になってからは、写真撮影にはもっぱらデジタルカメラを愛用しています。コンパクトなデジタルカメラは携帯に適している。自分でプリントできる。メールに添付できる。画像の保管、引き出しが容易であるなどがその主な理由です。コストを含め、ほとんどの点でフイルムカメラに比べて圧倒的に有利です。またフイルムカメラで撮影するにしても、自動絞り、オートフォーカス、自動調光ストロボ付きのキャノンEOS3、ニコンF5 などのカメラならほとんど失敗がありません。しかしクラシックカメラではそうはいきません。

このことからクラシックカメラを購入しても、実際の撮影に使うチャンスはきわめて低く、眺めて、触って、いじくりまわすだけでは、ライカのようなカメラは余りにも高価です。

  日本ではカメラは写真を撮る道具であり、写真も取らず、ただ蒐集するだけというのは、邪道であると、ほとんどのクラシックカメラ紹介本で述べられています。それも一つの真理と思いますが、刀剣の蒐集家が全て試し切りで楽しんでいるわけではなく、美術品として扱っています。また茶器の蒐集家が、必ずしもお茶を立てて楽しんでいるとは限りません。

眺めて、触って、スロシャッターを切って、その音を聴き、癒される。これが私にとっては至福の時間であり、ストレス発散につながります。このため、またいずれ実際の撮影を試したくなったと時のため、レンズのみを購入する気で、動作しないカメラを1台だけ購入したことは有りますが、他は全て完動品です。

  惜しむらくは、イタリア滞在中に蒐集したにも拘わらず、イタリア製カメラが少ないことです。イタリアでも1940年代後半から1950年代の前半に優秀なカメラが数多く発売されています。ライカに勝るとも劣らない35mmレンジファインダー機,Gamma, Sonne, ISOなど、超精密35mmハーフ版カメラ、Ducati(オートバイのDucatiを作っている会社)1948年に世界で最初にペンタプリズムを採用し、しかもクイックリターン機構を持つ一眼レフRectaflex(弟機のRectaflex Juniorは購入した。世間ではペンタプリズムを最初に採用したのはContax Sと言われていますが、同一時期にRectaflexも採用している)6x6版ステレオカメラ、Duplexなどがありますが、価格が高く手が出なかったと言うのが正直なところです。

                                                以上