旧京専入口
10周年記念植樹
    ケヤキ
まず、当時の横浜工場のクラブであった和敬寮ですが、神奈川中央交通の路線バス停車場名は 「日立和敬寮前」でしたが、和敬寮があったと思われる場所には大きなマンションが聳えていました。

その日立和敬寮前のバス停から坂を下ると、いよいよ旧京専の「坂道」です。今は綺麗に舗装されていますが、坂を登る道路の左側には今も往時からの桜並木がうっそうと茂っています。そして道路の右側にも誰が植えたか分からないが、ひっそりと棕櫚の木が何本か植えてありました。

坂道の途中右側は開発されて戸塚税務署が建設されています。この建物だけが道路に隣接しており、他には変わったものがなく、旧京専校舎建設時の昼でも木々に囲まれて陽が差し込まない坂道はそのままです。

京専校舎は今!!

【平成17年5月12日()、現地訪問】

    日立工業専門学院同窓会 
 
管理工学科1期卒業
常任理事  浅沼 伴自 

近隣の環境も一変

京専を卒業された皆さんは、今も胸中に母校が青春の1コマとして燦然と
輝いている大切な思い出であり宝物でもあると思います。

 先日、日立市に在住の同窓生から京専の建物などはどうなっているか、レポート
を依頼されました。

 私自身も同じ横浜市内に住んでいながら、平成11年に廃校になってからは1度も
訪れておりませんでした。日立製作所に勤務する方の情報によれば、廃校から暫らく
の間は社内の教育施設として有効活用することになると伺っていましたので、
今日までかつての若き志士達を育成した学び舎がその面影の勇姿を保っていると思い
込んでいました。

 5月12日、私は東海道線戸塚とは反対側の横浜市港南区に属する日限山方面から
戸塚駅に向って旧京専に向いました。



やはり京専の建物などは無くなっていた

 坂道の途中で、買い物でかける品の良いおばさんに出会いました。
「ちょっとお聞きしてもよろしいでしょうか」
はい、何でしょうか」

「私は、45年前にこの坂道の上にあった、日立製作所の学校を卒業したものですが、
今はどうなっているか、お分かりでしたら教えてください。」

「昨年(平成16年)秋から、校舎を取り壊して408戸の住宅を建築中です。
来年夏頃には完成するようです」

「それから、学校の隣に日立製作所の社宅があったのですが、どうですか」
「その社宅も取り壊されて、昨年1戸建ての住宅が完成しました」

「どうもありがとうございました」

 ああ、やはりもう私たちの母校は無くなっているのだな。と一抹の寂しさを
堪えて坂道を登りきると、正面に建築現場の入り口が見えてきた。ちょうど
額縁に収まったようなケヤキが2本だけ見えた。坂道を5分間隔でダンプカーが
忙しそうに下って行く。旧京専の教室や学生寮、食堂、花壇はもう形も影も存在
していなかった。入り口には50歳代後半の守衛さんが土砂を搬出するダンプカー
の安全管理をしていた。

             「今日は、私はここにあった日立製作所の学校を45年
              前に卒業した者ですが、懐かしさのあまり出かけて
              きました。写真を撮っても良いですか」

                      「現場の中に入らなければいいです」と言って、
              撮影を許可してくれた。

                      京専時代には、沢山の植樹と季節に相応しい花が沢山咲いていた記憶
              がある。けれども今は同窓会創立10周年記念樹「ケヤキ」2本と創立20周
               年記念樹「高野槙」1本が残っているだけで、創立25周年記念樹
              「メタセコイヤ」や 創立35周年記念樹「ベニカナメモチ」、卒業生
               が思い出として何時までも元気で育って欲しかった「ヒーラギナンテン」等
               の銘木の姿はどこにも見ることはできなかった。守衛さんに聞いた。

              「この2本のケヤキとメタセコイヤは残るのですか」
                       「今、残っている木はそのまま残るようです」






僅かに面影を偲ばせるフォレストヒル

現在、入居者を募集中で入り口にマンションのパンフレットが
自由に手に取れるようになっていた。1冊を開いて見ると、
「プライズ・ヒル」と言う名称で、「丘は生きている」がキャッチ
フレーズだった。「京専は生きている」と置き換えることができた
ので、救われた気持ちになった。

中を開くと、京専建設当時の木造立ての食堂やその後のプールがあった
場所は、「フォレストヒル」(緑と水を配し、自然林を復元した安らぎの丘)
や「チェリーアベニュー」(自然林や花壇に囲まれた歩道)に変わり、
京専時代の面影を引き継ぐ計画になっていた。

 このマンションは、地上10階、地下5階建ての駐車場が計画されて
いるため、車の通行が少なかった坂道も、交通量が激しく排気ガスに影響を
受けて桜の花見どころでは無くなることもあり得る。




戸塚駅も近代化

               東海道線戸塚駅も近代的な駅舎となった。そして、横須賀線
の他に東海道線も停車しています。
               かつて駅前でお世話になったホルモン焼きの屋台のあった場所には
                バスとタクシーの発着場ができた。そしてその発着場の屋根に当る
  2階のモニュメンも設置されている。

               今は明治大学院の校舎も近くにあり、 朝夕には京専の学生に代わり
        明治学院大学の学生が街を歩く姿が見える。
おわり