テーマ のらくろ親父とマラソンの出会い  石原政男(U金属)

T.いまの心境です

のらくろ親父(ホームページ上のわたしのニックネームです)の体形はやや肥満型です。生活習慣病の予備軍?と定年近い時期の定期健康診断で診断され痛風の経験もしました。そしてまして鈍足です。つまりマラソンランナーには不向きなのですが、第二の人生の基盤は「健康にある」と決意奮起して、45歳から始めた国内マラソン大会への参加を定年後の現在も継続しております。そのための毎朝の7kmのジョギングもかかせません。

国内マラソン大会を経験すると、やがて海外のマラソン大会にも参加したいと夢はふくらんできて59歳の時にあこがれのホノルルマラソンに初参加しました。そしシドニーマラソンからバンクバーマラソンへと、海外のマラソン大会には毎年1回は参加するように精進してきました。そして海外マラソン完走は21回目ということになり、現在で累計53回の国内、国外マラソン大会に参加してすべて完走してきました。

有森裕子さん風に「自分をほめてやりたい」と思っております。

2007年のホノルルマラソンで有森裕子さんと

 

今日までのジョギング走行距離を加算して走行距離を計算したら地球一周の4万キロの距離を越えました。生涯現役マラソンランナーとしてあと地球一周は?夢のまた夢でしょうか。2008年ホノルルマラソンの最終ランナーは87歳の日系人で15時間4分で完走したとの報道がありました。

「一生青春・一生マラソン」をモットーにすると今年の年賀状に書いて、2009年、4月には金婚式を迎えます。2010年には喜寿の祝いを迎えます。それまではマラソンを続けたいと自分に言い聞かせてジョギングとフィットネス通いに熱中しております。

U.マラソンに出会って

1 最初にわたしのランニング(マラソン)を始めた動機からお話しします。

わたしがマラソン大会に初参加した45歳の時でこの歳に単身赴任勤務で横須賀の関連企業に転属しておりました。(わたしの単身赴任はこのときから定年まで延べ18年間の長きになりました。)

わたしだけでなく中高年者の単身赴任の生活は不規則になりがちです。わたしは単身生活の健康管理はずばり粗食生活?とジョギングなどの継続の自己健康管理だと信じ貝原益軒の養生訓を実行してきました。

初めてフルマラソンに参加したのは1982年の佐倉朝日健康マラソンで5時間30分で

完走できました。海外マラソンは1993年の第21回ホノルルマラソンで6時間14分でした。

2 定年後のマラソン参加について

さて平成7年61歳で定年退職を契機に日立に戻りました。もっと現役時代以上にまじめに健康的な生活習慣を身につけなければと決意して、わたしは日常生活のなかに、ジョギングと、青春時代の山歩きを定年後も再開継続することをやってきました。そして、いままで苦労をかけた家内にサポーター役をお願いして、年一度は海外マラソン大会参加する夫婦二人の海外旅行も計画に加えました。

そして2007年秋からはフイイトネスクラブ「スパーク鮎川」に通ってキントレ、減量、体力維持につとめています。

そして2008年12月のホノルルマラソンでは6時間55分23秒で7時間を切り完走できました。68kgから61kg減量できたおかげで後半のスタミナ切れがなくなりました。

2008年12月14日 ホノルルマラソン全員完走です。

  わたしのいままでのマラソン大会参加の履歴を報告します。

(1)  国内マラソン大会:勝田マラソン、佐倉マラソン、青梅マラソン、三浦マラソン、横浜マラソン、山中湖ロード、日立さくらロードなど41回出場しました。

(2)  国外マラソン大会:ホノルルマラソン・バンクバーマラソン・シドニーマラソン・マウイマラソンなど23回出場しました。(ホノルルマラソンは15回目です)

今、ハワイはわたし達夫婦の第二のふるさとになりました。アロハ!気分です。

3 中高年から始めるマラソンランナーへのアドバイスです(わたしの体験から)

      <マラソンのスタートの一歩を踏み出さなければゴールは来ない>  

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(1)           歩くことから始めましょう。

「一日一万歩」の励行「一日一万歩」は足速で1時間歩かないと達成できません。

(2)           次にジョギングへ、ジョギングはマラソン完走の第一歩です。

100mを1分の遅いペースでいいから、最初は5km、できたら10kmを毎日続けられたら。

(3)           次にランニングの練習を始めましょう。

あなたは全速力で100mを何秒で走れますか?世界最速ランナーは10秒、マラソンの世界記録は42kmを2時間6分台、100mを20秒以内で走りきる能力があるランナーです。平均的市民ランナーは4時間台でフルマラソンを走破できますから、100mは40秒台です。わたしは100mを1分で走ることを目標にしています。一度グランドで全力で何百米を何秒で走れるか験してみませんか。

私たちはアスリストでないので、からだを壊してまで頑張って走ることはありません。体力に合わせ、楽しくランできることが基本です。

(4)             大会開始1週間まえから、食事と休養、軽いジョギング調整を

マラソン大会をベストコンデションで迎えるのは正直むずかしいです。寝不足は駄目です。フルマラソンに参加する遅いランナー(6時間台完走者)は途中で食事が必要です。空腹では走れません。ノーガスで車は走れないように。即エネルギーになる飲み物とエネルギー食物は携帯しなくてはなりません。脱水症はもっとも危険です。

(5)             本番ランニング中の調整はむずかしい。 

なんでも経験です。いろいろと失敗を繰り返してなんとかゴールにたどりついたのが実情です。マラソン大会は通常、制限時間(交通制限時間で6時間以内が多い)で完走しなければなりません。普段からフルマラソンの距離を試走できる市民ランナーはいません。ですから本番、後半の20kmは地獄です。わたしは歩きたくなっても決して歩きません。そして後ろを振り向きません。一歩一歩を進めなければゴールは近ずいてきません。わたしは苦しいのは自分だけでなく全てのランナーも同じだと思います。給水所でボランテア活動をしてくれるサポーターさん、沿道の応援の人々、ゴールで待ってくれている家族、みんなが後押しをしてくれているんです。喜びと悲しみ、塩を噴いた汗と完走後のくたくたになったからだ、筋肉痛と足の皮剥け、血豆などなど。話せない苦労がたくさん思い出されます。

(6)           完走後のクーリングオフ・ストレチングの勧め

できたらマッサージ、軽いジョギング、ストレッチは必ずやらないと駄目です。私はプールで水中ウオークとジャブジ、サウナを楽しみます。

 (7)  マラソン突然死と喫煙の関係 禁煙のすすめ

  わたしはホノルルマラソン中にマラソン突然死のランナーを目撃した経験があります。ホノルルマラソンは3万人の人たちが炎天下に走るのですから多少の事故はあるとは思いましたが。

あとで新聞で報道された結果では、大阪から参加された中年の市民ランナーで喫煙大好きで、それに前夜飲酒だったそうです。突然の心筋梗塞でしたがマラソンランナーとしては自覚が足りないと認めざるをえません。わたしも酒は多少は飲みますが、生涯禁煙で来ています。高血圧、高コレストロール、高血糖者もマラソンには不適です。

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4 ホノルルマラソンのスピリッツ

 ホノルルマラソンは現地の主催者と現地のボランテのみなさんのサポートではじめて

成立しております。ほとんど制限時間を規定しているなかでホノルルマラソンだけが最終ランナーまでゴールで待ってくれます。それがアロハスピリッツです。

       A  Alakai      思いやり

            L  Lokahi   調和

            O  Oluolu   喜び

            H  Hoahaa   謙譲

            A  Ahanui   忍耐

 アロハ!ハワイ言語のなかで一番大切な言葉です。このアロハ・スピリッツがホノルルマラソンを支えてくれているのです。

 マラソン完走者が得た人生教訓がまさにこのアロハスピリッツだとおもいます。

 

付記 ホノルルマラソンの詳細は私のホームページでどうぞ

http://www9.plala.or.jp/norakuro-oyaji/

(付記)

2010年は日立製作所100周年、日工専同窓会の創立50周年です。

シニア支部の会員みなさんとホノルルマラソンを走りたいわたしの夢です。

                           以上