2007年 新年明けましておめでとうございます。皆さんお元気ですか

今年は亥年、「猪突猛進」と言われているが小生にとっては古希の歳でもある、
今更 猛進でもないが、少なくとも前向きに進んでいく所存である。

「古希」」とは、古くなったがこれからも希望を抱いて生きることだと自分なりに
解釈している、リレー随筆の指名を受けたのを機に、自然とともに元気に歩んできた
私の人生の集大成を記してみることにした。

生い立ちと自然環境

私は、山形県の天童に生まれた、南に蔵王、吾妻山 西に朝日、飯豊連峰、北に月山、
鳥海山、東に船形山と四方を山に囲まれた自然豊かな村山盆地である、毎日、山を
見ては近くの人間将棋と桜の名所である舞鶴山を駆け巡り、山と温泉と果物に
恵まれた田舎であったが、戦前、戦後の物品不足、食糧難にもめげず貪欲に育った。

 幼いときに両親を亡くし、小学校4年から、山形市内の伯母の家に高校卒業まで、
厄介になり生き延びた、小さいときから、苦労が絶えなかったが、自立心の強い
人間になる貴重な体験を得ることが出来たと思って 今は感謝している。

 その頃から、大自然とのふれあいが始まった。天童温泉に行く時は一山(舞鶴山)を
越えて、風呂入り、往復2時間かかったが山腹にある果樹園で、春から秋までの間
さくらんぼ、スイカ、うり、りんごなど失敬して、食べ食べ帰宅、足腰の鍛錬と
胃袋を満たすことが出来た、心身ともに健康な身体を作られる土台となったと
考えている。

小学3年のとき、学年別スキー大会があり、優勝したのがきっかけになり、その後も
スキーが好きになって、60年間今も滑りまくっている結果となってしまった。

 小学4年に山形に移ってからは、伯母の家の近くに蔵王山から流れてくる
馬見ケ崎川と盃山があり、いつも川と山とのお付き合いし、遊んでいた。

日本百名山完登

 中学時代は単独でしばしば蔵王山に登った、山形市内の家を夜中にカンテラを
燈して出発、早朝に山頂に着き、ご来光を仰ぎ、即下山、蔵王温泉に入り、竜山経由
日帰りで山形の家に帰ってきた、小生にとって蔵王は山とスキーと温泉の醍醐味と
大自然の素晴らしさ、厳しさ、貴重さを教えてくれた、唯一の場所である。

 昨年8月深田久弥の日本百名山、槍ガ岳を最終に登頂し、百名山を完登することが
出来たが、今、思えば百名山の最初の山は55年前に登った蔵王山であった。、

 勿論、若い頃は百名山すら、決められてなかった時代なので、意識的に登ったの
ではないが、その後、高校卒業までに山形県の山を殆ど登っている。  

 日立多賀に入社後はラグビー部へ強制的に入部させられ、ラグビーとスキーを主体に
楽しんだ。夏山は山好きな友達と機会を作っては関東近辺の山を登っていた。
 茨専1期時代は八甲田の春スキー、夏には平山氏(1期機械)と2人で白馬岳から、
鹿島槍まで縦走登山をやった記憶がよみがえってくる。(勉強した記憶はないが・・・)

 岩場のザイル登攀など全然興味は無く
いつも、登山は一般ルートを森林浴と
美味しい沢の水を飲みながらの山行であった。

どちらかといえば、森林地帯の山の多い東北の山が今でも一番好んでいる、会社生活しながらの山行は所詮、日程と期間的に制約を受け、なかなか、思った山に行けなかったが、登ったことの無い山を毎年少しずつ登っていると、積もり積もって60歳代前半には百名山と称する山は70を越えていたのがわかった、

 山の友人で百名山を完登した方が、折角それまで登ったなら、完登したらどうか
との助言があり、自分の思い出としての財産となるため、計画的に無理をせずに、
山の仲間、家内などと一緒に南は屋久島宮之浦、北は北海道利尻、羅臼など、暇を
作っては、登ってしまった次第です。深田久弥の百名山の完登は自己満足に過ぎ
ないが、なんか達成感に満ちた気分になれた。登山に同行してくれた山岳部、
里美岳苑、後半には茨専同期の湯沢氏と一緒に登山した山が多く、協力いただいた
多くの山の仲間に感謝でいっぱいである。

自然世界遺産と海外旅行

 国内の山々に登るだけではなく、世界を叉に掛け海外の世界遺産を主体に旅行し、
地球の巨大さ、素晴らしさ、美しさを自分の目と肌で実感、自分だけの感動を
重ねることが出来た。仕事での出張以外に私的に旅行した所を挙げると

 アジアでは中国の黄山、九賽溝、黄龍、シルクロードの西安、敦煌、ウルムチ、    台湾、韓国、ネパールエベレストトレッキング、タイ、ミヤンマーなど

 北アメリカではヨセミテ、グランドキャニオン、ナイヤガラ、カナデアンロッキー
山脈バンフ付近トレッキングなど

 ヨーロッパではイギリス、ロンドン、湖水地方、ドイツライン川、ドリスデン、
マイセン、スイスアルプス山脈、ルマン湖、フランスパリ、ベルサイユなど


 そのほかオーストラリヤシドニー、ブルーマウンテン、ゴールドコーストなど

 日本の自然世界遺産としては、白神山系、屋久島、知床、釧路湿原、がいい所だった。

 海外スキーツアでは、カナダのウイスラー、ブロッコム山ヘリスキー、
ニージーランドのサザンクロス山系スキー、スイスのツエルマットマッターホルン
イアリー越えスキーツア、フランスのシャモニーモンブラン大氷河滑降スキーなど

 国内では、滋賀高原、草津万座、八方尾根、妙高、八甲田、八幡平、月山、吾妻、蔵王の
山越えスキーツアなど、この醍醐味は経験したものの特権である。

 スキー仲間にも恵まれスキー三昧 満喫できた、今思うと、よくぞ いろんな所に
行ったもんだと自分でも驚いている。

人生2倍楽しむ方法


 一昨年になるが、日立佐和の日工専同窓会から、先輩の体験談の講演を依頼された、
現役の同窓生に刺激と喝を与えてやろうと思い、受諾し
「人生2倍楽しむ方法」と
題して話をしたことがあった。
その中で、小生の人生観の一端を紹介したい

 人生の長さは人それぞれ長短があるが決められた宿命である、しかし、人生の幅を広げるのは個人の知恵と努力でできるもの、個人差は大きい。

 会社生活の中で仕事を楽しみ、遊び(趣味)を同時に楽しめば、必然的に2倍楽しむことができる、仕事と遊びを両立させることである。

 会社内で与えられた仕事をいやいやながらすれば苦痛を伴い、能率は上がらず、
毎日が暗くなる、与えられた仕事が楽しくなるように自分を改革する努力と気迫が
必要である、何事もプラス思考を基本に「体力、気力、が先で、知力は後でよい」その
結果迫力、行動力、判断力が倍加する、「人生とは瞬間、瞬間の判断の集大成」
時間は待ってくれない、俊敏な判断で即行動が分かれ道


 健康と感受性を豊かにすることが人生を2倍以上楽しむことが出来る。
「人生意気に感じて、楽しく生き抜くこと」が私の信条
   私の会社生活は日立の中での大企業の特質を存分に活用して「ものづくり」を
 一筋にやってきたが波乱万丈の連続でした、中身は省略するが、「仕事しながら
 遊び、遊びながら仕事をした」日立の野武士精神と有言実行を貫いたとも言える。

 52歳で日立を退職、その頃リストラ言う言葉が無かったが、今で言う管理者
リストラ1号だったかもしれない。ヘッドハンテングされ中小企業の役員に再就職、
時間の余裕も出来て、「遊びながら仕事する」こと再実践、加速することが出来た。
 当然、会社の職務は全うしながら、国内外の好きな山、スキーが出来たことは
私の人生を豊かにしてくれた。今なお、国家プロジェクトの研究開発に中小企業
として参画、日本発信の「金属ガラス」、「ものづくり応用開発」に微力ながら努めて
いる。
 昨年は産学官連携研究の総理大臣賞を受賞するメンバーの一員として貢献したのも
大きな成果といえる、今年3月で5年のプロジェクト終了、有終の美を飾って
次の世代にバトンタッチしたい。
 今冬も県連のスキー大会の役員兼選手として、忙しくなる、全日本のマスターズ
スキー大会は15年連続出場、多くの友と再会を楽しみにしている。
 中高齢者の冬の生涯スポーツとして、マスターズスキーの普及活動に努めている、
健康、体力、気力の賜物である。スキーは楽しいですよ、一緒に滑りませんか、
お供しますよ・・・・

 これからはゆっくり、のんびり、山、スキーと温泉、地酒3点セットで楽しみたい、
山、渓谷には、緑と花があり、マイナスイオンいっぱいの空気とミネラルいっぱいの
水がある、心身を癒してくれる これが私を支えてくれた元気の源かもしれない。
 これからも3点セットを続け、私の余生の「極楽」としたい。極楽は三途の河を
渡らないと受けられないといわれるが、保証の限りではないので・・・・・

 アウトドアー専門で家にいることがすくなかった、家族と会社には申し訳なかったが
自分で決めた山(自称名山)は二百山以上登っているし、スキー後の温泉宿泊などを
合わせると
温泉入浴500回は越えていることになる、国内外の大自然とのふれあいを
沢山楽しんだ、これまた私の無形財産となった。
 稼いだ金は「思い出」財産に変化してしまった、一代だけのもの、それでよい、
自分のみ納得?!?!。


 私の財産は「思い出、家族、友達」です、これからも大切にしていきたい。

 よく振り返ってみると、健康だけでは達成できなかった、体力、気力、知力+財力が
必要であったと思っている、健康体(健康診断A,B)であっても、筋力、持久力が
なければ楽しめない、これからは親から貰った身体を大切にして老化を防ぐための
体力知力維持(増強は不要)がこれから生きるための
不可欠要素と思う。
 それには『筋トレ+脳トレ』が年金受給者の最大の仕事と受け止め、実践あるのみ
である。
 若い時は「太く短く」生きようと思ったが、古希の歳になると、欲が出て、
「太く長く」生きたいと人生観も変化してきている

「大自然に万歳、 我が人生に悔いはなし」
                 希望と夢を持って前進しましょう。


 最近、私の知人に「ガン、ガン」と癌で亡くなる人が多くなってきている、いつ、
わが身に降りかかってくるかは分からないが、体力と気力だけは、
いつでも常備して
おく必要があるのではないでしょうか。前回の清野氏、山崎氏の
奮闘記を拝見すると
みなさんそれぞれ、ご苦労され、努力されておられ、脱帽です。

また、
山形工高の先輩である1期機械の蜂谷氏の関節症もためになりました。

大自然との
ふれあいは極楽

茨専 1期
 東海林 昭